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東京高等裁判所 平成9年(行コ)84号 判決 1999年3月31日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決書「事実及び理由」の「第二 事案の概要」(原判決書三頁三行目から二〇頁九行目まで)の記載と同一であるから、これを引用する。

一  (控訴人の主張の補足)

原判決書一二頁一〇行目の次に改行して、次のとおり加える。

「(四) 仮に、法八条による営業許可取消しに「裁量の余地」があるとしても、控訴人は、以下に述べるとおり、聴聞手続の実際上の運用において被控訴人に十分な弁解及び資料提出を行わせ、被控訴人は十分その機会を与えられ、かつ、意を尽くしたのである。その上で、被控訴人の営業の実態及び違反行為の悪質性に鑑み、「ドリーム[2]」にかかる営業許可を取り消した本件処分になんら違法はなく、本件処分は適法かつ適正なものであったというべきである。

被控訴人は、昭和四八年五月一八日に設立されたパチンコ遊戯場の経営等を業とする会社であり、富士市内にパチンコ店「ドリーム[1]」を経営していたが、訴外乙山太郎において、昭和六〇年、当時のオーナーであった丙川某から全株式を取得し、以後乙山太郎がオーナーとして支配してきた。乙山太郎は、被控訴人のオーナーとなると、昭和六〇年一二月一八日被控訴人の代表取締役に就任し、妻の乙山花子と義弟である丁原竹夫が取締役に就任した。そして、被控訴人の本店所在地を乙山太郎の住所である「静岡県袋井市《番地略》」に移転した。

乙山太郎は、昭和六二年九月覚せい剤取締法違反(所持・使用)の容疑で検挙され、同年一二月懲役一年の実刑判決を受け(昭和六三年七月控訴棄却)、静岡刑務所で服役した。懲役一年の実刑判決を受けるということは、風営法四条一項二号及び九号の欠格事由に該当し、かつ同法八条二号の規定に該当することになるが、乙山太郎は右実刑判決を受ける直前の昭和六二年一一月二一日被控訴人の代表取締役及び取締役の地位を辞任し、実弟の乙山松夫が代表取締役に就任し、被控訴人の経営する「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」は営業許可の取消しを免れていた。しかし、実際には、乙山太郎は被控訴人の代表取締役及び取締役を辞任した後も過半数の株式を所有し、実質的経営者として被控訴人の経営全般を掌握し、経営方針の決定を行っていた。被控訴人の社内では、乙山太郎は「社長」と呼ばれ、報酬についても代表取締役である乙山松夫が月額一二〇万円であったのに対し、乙山太郎のそれは月額二〇〇万円であった。

被控訴人の「ドリーム[1]」の営業許可取消しの原因となった事実は、「ドリーム[1]」設置遊技機の三五パーセントに当たる八四台のパチンコ台のロム改造及びコンピューター遠隔操作による大当り率の調整などの不正行為であるところ、極めて悪質性が高く、しかもこれらの不正行為は、被控訴人の実質的経営者である乙山太郎の意思に基づくものであり、さらにそれによって得られた利益は被控訴人に帰属したもので、被控訴人の会社全体の利益を図る目的であったことは明白であって、乙山太郎が個人的に行ったという性格のものではない。

風営法八条二号は、営業許可にふさわしくない人的悪質性の要件が営業許可の後に満たされたときに適用されるところ、上記のような悪質かつ重大な違反を行った者について風営法の目的及び趣旨に照らして健全な営業を期待できないと判断されることは当然である。これは、「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」を経営する被控訴人に対する控訴人の人格的判断であり、「風俗営業の許可を与えることができない不適格な要素を持つ者(法人)」に該当する者として、控訴人は風営法八条に基づき本件処分をなしたものであり、それ自体適法かつ適正な処分である。

控訴人は、本件処分をなす前提として聴聞手続を行っている。そして、本来右聴聞手続は、本件で言えば「ドリーム[1]」にかかる違法ロム取り付け等による営業許可取消しに関する事実の確認で十分なものであるが、控訴人においては、聴聞手続の実際の運用に関し、聴聞手続の対象者に十分な弁解・主張及び資料の提出を行わせている。本件処分をなすための聴聞手続においても、控訴人は被控訴人に弁解や有利な事実の主張並びに資料の提出の機会があることを事前に通知しており、その結果、被控訴人は、右聴聞手続において、「ドリーム[2]」に関わる個別的事情、例えば被控訴人における二つの店舗の経営内容、「ドリーム[1]」にかかる違反事実と被控訴人全体の関わりの有無、「ドリーム[2]」の経営規模、投下した資本、従業員数等について、十分な弁解と主張及び資料の提出を行っている。この意味において、本件処分をなすための前提としての聴聞は、法的には一義的な確定概念である法律要件の確認のためであるが、実質上の運用においては裁量権を行使する機会としての聴聞手続になっている。したがって、本件処分をなす前提としての聴聞手続に違法があるということはできない。」

二  (被控訴人の主張の補足)

原判決書一八頁一〇行目の次に改行して、次のとおり加える。

「控訴人は、控訴審において風営法八条による本件処分に関し裁量権を行使したかのような主張を行うが、控訴人は一審段階では、「必要的に該許可を取り消すのであって控訴人に自由裁量権はない」(答弁書)、「ドリーム[2]が法八条二号に掲げる事実が判明したことから、必要的に風俗営業の取消処分を行った」(控訴人の平成六年九月二日付準備書面)として、一店舗に違反があれば、他店舗も裁量の余地なく必然的に営業許可が取り消される旨を強調し、裁判所の釈明に対しても裁量権がない旨明確に回答してきた。そのような主張を行ってきた控訴人が、控訴審に至り突如被控訴人の会社自体の人的悪質性を云々し、それを視野に入れて処分について判断したなどと、あたかも事実上は裁量権を行使したかのように主張の修正を行うことは信義則に反し許されない。

「ドリーム[1]」と「ドリーム[2]」では、店舗の客観的状況や経営の実質的責任者が前者は乙山太郎であるのに対して後者は被控訴人の代表取締役である乙山松夫であるなど主観的条件に歴然たる差異があり、それぞれの相互の店は互いに干渉することなく自治的に運営されていた。そこで、「ドリーム[2]」に関してはロムの不正改造など「ドリーム[1]」で行われたような違反行為が繰り返される蓋然性は全く存しなかった。

「ドリーム[1]」は、富士市の郊外の辺鄙な場所にあり、国道一号線から約一〇〇メートル離れ、その店に通ずる道は狭く一車線の幅しかなかった。このため、被控訴人が「ドリーム[1]」を開店した昭和六〇年以来、客の入り具合が非常に悪く、一日当たり一〇〇名にも満たず赤字の連続であった。そのため「ドリーム[1]」の実質的経営責任者であった乙山太郎はサービスを良くし、客を多く呼び寄せるためロム改造等の法に違反する行為をしてしまった。これに対し「ドリーム[2]」は町の中心部近くに所在し、国道に面し、駐車場も広く、地理的有利さから客は自ずから集まり、大幅な黒字経営であった。「ドリーム[1]」と「ドリーム[2]」の売上の差は、平成三年度は「ドリーム[2]」が二四億五一二四万円に対し、「ドリーム[1]」は六億二四六九万円(ドリーム[2]の約四分の一)に過ぎず(損益計算書)、平成四年度もほぼ同様であった。そこで、「ドリーム[2]」に関してはロムの不正改造をなす動機自体が存在しなかった。

乙山太郎は、本件当時、「ドリーム[1]」の店舗の裏にある寮に住み、「ドリーム[1]」の店舗のパチンコ釘の調整をしたり従業員の管理などの店長的役割をしていた。「ドリーム[2]」には機械の入替え後の開店の時に顔を出す程度であり、「ドリーム[2]」の機種の決定に口を出すこともなかった。「ドリーム[2]」の経営の責任者は乙山松夫であり、機種の選定、釘の調整、従業員の管理などはすべて乙山松夫が自らこれをなし、乙山太郎が干渉することはなかった。このような状態が開店以来八年余継続されてきており、「ドリーム[1]」と「ドリーム[2]」との間で従業員の交代もなかった。被控訴人の株式は乙山松夫が三五パーセント保有し、四〇パーセント保有の乙山太郎とそれほどの差はなく、乙山松夫の「ドリーム[2]」の最高責任者としての地位は確立されていた。

今回の「ドリーム[1]」のロム不正改造等について、乙山松夫はロム改造の請負人戊田こと甲田梅夫に会ったことはなく、「ドリーム[2]」の他の従業員も同様であって、「ドリーム[2]」の従業員は一切関係していない。警察は、「ドリーム[2]」の機械についても当初ロムの不正改造を疑い捜査したが、そのような不正は全く見つからなかった。乙山太郎は前記戊田こと甲田梅夫との接触はすべて「ドリーム[1]」の中で行い、「ドリーム[2]」がそのような場所に利用されたことなどもなかった。

「ドリーム[2]」の売上金も乙山松夫が管理していた。「ドリーム[2]」の売上金は、毎日、閉店後、「ドリーム[2]」の金庫に乙山松夫自ら保管していた。乙山松夫はその中から、翌日の仕入分(玉と交換する商品代)を取り出し、仕入業者には現金で支払っていた。残りは、金庫に保管し数百万円たまると乙山松夫が銀行に連絡し、銀行員が取りにきて預金していた。その通帳は被控訴人名義であり、通帳と印は乙山松夫が保管していた。「ドリーム[1]」の余った現金すら、「ドリーム[2]」の金庫に保管し預金していた。従業員の給料の支払は、袋井市の本社にいる事務員が「ドリーム[2]」に来店し、乙山松夫の監督の下に給料計算し、給料袋に現金を入れていた。その中に乙山太郎分も含まれていた。手形小切手の振出や手形小切手帳の管理、会社代表者印の管理も乙山松夫が行っていた。これらのことは、「ドリーム[2]」が「ドリーム[1]」とほぼ同じく開店した昭和五八年以来慣行化し、定着しており、「ドリーム[2]」に関しては開店当初から乙山松夫が全面的に営業や経理を掌握していた。

以上のような「ドリーム[1]」と「ドリーム[2]」のそれぞれの経営の独立性、「ドリーム[1]」の違反に乙山松夫をはじめ「ドリーム[2]」の従業員は全く関与していなかったことから「ドリーム[2]」に関しては不正行為の可能性は存在していなかったということの他、パチンコ店の設立には一店でも数億円の資本投下が必要であり、店舗の営業許可取消しによる閉鎖は巨額な損失をもたらすこと、銀行の回収不能による不良債権の増大、従業員の失業、家族への影響、近隣の人々の娯楽の機会の喪失など、様々の社会的影響を真剣に考慮すれば、「ドリーム[1]」の営業許可取消しがあったというそのことだけの理由で「ドリーム[2]」の営業許可が必然的に取消されるという本件処分はあり得なかったというべきである。

なお、昭和六〇年に乙山太郎らは、「ドリーム[1]」、「ドリーム[2]」のために合計三億四五〇〇万円の資本投下をした。平成二年に被控訴人は、業績のよい本件「ドリーム[2]」に対し、一億四〇〇〇万円をかけて改装工事や機械の入れ替えをした。その後被控訴人は借入金の返済を順調にしてきたが、その途上で本件取消し処分に遭遇したことになるが、借入金はまだ約二億円残っている。」

三  (争点の訂正)

原判決書一八頁一一行目から二〇頁九行目まで(「三 争点」の項)を次のとおり改める。

「三 争点

1 風営法八条は公安委員会に裁量権を認めたものか否か(以下「争点一」という。)。

2 争点一に関し、風営法八条が公安委員会に裁量権を認めたものと解されるとした場合に、本件処分に裁量権の行使又は不行使について違法があるか否か(以下「争点二」という。)。

3 本件処分に聴聞手続上その他の違法事由があるか否か(以下「争点三」という。)。」

第三  争点についての判断

一  争点一 (風営法八条は公安委員会に裁量権を認めたものか否か)について

当裁判所も、法八条は、公安委員会の裁量の余地を否定した規定ではないと判断する。その理由は、以下に訂正又は補充するほかは、原判決書の「事実及び理由」の「第三 争点についての判断」のうちの「一 争点一について」4(一)ないし(四)の項(原判決書三四頁八行目から四四頁七行目まで)の記載と同一であるからこれを引用する。

1 訂正

(一) 原判決書三六頁三行目の「2の(一)、(二)、(三)のとおり、」及び同三七頁五行目の「2の(四)、(五)、(六)のとおり、」をそれぞれ削る。

(二) 原判決書四〇頁末行の「また、複数の営業所を有する」から同四二頁二行目の「格別困難となるとも考え難い。」までを削る。

(三) 原判決書四三頁六行目の「本件処分当時」の前に「平成五年九月一七日の」を加える。

2 判断の補充

風営法八条は、風俗営業者らが当該営業に関し法令等に違反した場合等に制裁措置としての行政処分の一つとして法二六条一項により当該許可が取り消されるのとは異なり、風俗営業の許可がなされた後に、当該許可を行うべきでなかったことが事後になって判明したとき(一号、二号)、あるいは、事後に不許可の事由に該当する事情が生じるなど事情の変化により許可を存続させることが公共の利益に適合しないような事情に立ち至ったとき若しくは許可を受けた者が許可に基づく営業をせず許可を無意味ならしめているとき(二ないし四号)等の場合の一般的取消事由を定めているところ、特に後者の場合にはその取消しはいったん有効に成立した営業許可を将来に向かって廃止するもので講学上「撤回」に当たるものと解される。そして、そのような行政処分の撤回(法文上は「取消し」)がどのような場合に許されるか、またその撤回が必要的か裁量的かなどについては、それぞれの法令の規定、趣旨、目的に従って判断されるべきである。ところで、一の風俗営業者が複数の営業所についてそれぞれ公安委員会の許可を受けて風俗営業を営む場合、一営業所について風営法二六条一項に基づき風俗営業の許可の取消しがされたときは、元来そのようなことは法四条の許可の基準においては当該取消しの日から五年間の欠格事由となるものであり、一般には風俗営業の営業主体としてふさわしくない人的悪性を示すものといえるから、公安委員会(法二六条一項に基づく営業許可取消処分を受けた営業所を管轄する公安委員会に限らない。)としては、これを契機として当該一営業所のみならず当該風俗営業者の営む他の営業所に係る風俗営業の許可についても見直す必要があり、場合によっては当該営業所にかかる許可を取り消す(撤回)必要が生ずることは当然考えられるところであり、法八条二号は、このような場合に、公安委員会に、管轄する当該風俗営業者の他の営業所の風俗営業の許可について取消し(撤回)の権限を付与した規定であるとみることができる。

しかし、このことは、法八条二号による許可取消しについて、公安委員会に裁量の余地を認めないことを必ずしも意味するものではない。たしかに、風俗営業の性格、同一の営業主体による複数の営業所での営業の一体性などから、一営業所について法二六条一項により営業許可の取消しが行われたという場合には、当該風俗営業者の営む他の営業所についても風俗営業を営むにふさわしくない人的悪性が示されたものとみて、多くの場合他の営業所についても風俗営業の許可が取り消されることになったとしてもやむを得ないであろうが、一般的に、法二六条により一営業所についての許可取消しがされる場合でも、それぞれの違反事由ごとに営業者の悪性の程度、同一の違反が他の営業所においても繰り返されることの危険性は異なる場合があり得るし、許可後の取消し(撤回)の場合には、当初の許可の是非の判断と異なり、当初の許可を前提として新たな法律秩序が次々と形成されているから、違反行為の性質、態様などに伴う取消し(撤回)の必要性、取消し(撤回)による相手方への影響の程度も比較考量の上、取消し(撤回)の是非を判断するのが相当であると解される。また、法八条の法文は「取り消すことができる。」という規定となっているところ、法八条各号のうち、特に三、四号の取消原因(許可を受けた者が「許可を受けてから六月以内に営業を開始せず、又は引き続き六月以上営業を休止し、現に営業を営んでいないこと」、「三月以上所在不明であること」が判明したとき)については、公安委員会の適切な裁量による取消権の行使が期待されていると考えられ(右要件については、昭和五九年改正前の風営法の下でも、各都道府県条例において同旨の規定が設けられていたが、これらの各例においては「正当な理由がなく」許可の日から六月以内に開業せず、又は引き続き六月以上休業したときを取消事由とするのが一般であった経過に照らせば、「正当の事由」の文言の有無にかかわらず、現行法においても、右三、四号の要件については、正当な理由の有無等について公安委員会の適切な裁量を予定しているとみるべきである。)、法八条の他の号についても、同条の「取り消すことができる。」との規定振りは公安委員会の権限を示すのみでなくその裁量の余地を示した規定とみることが相当である。なお、現行質屋営業法二五条二項は、「二以上の営業所を有する質屋が、一の営業所につき、前項の規定により質屋の許可を取り消され、又は質屋営業の停止を命じられた場合においては、他の営業所についても、その所在地を管轄する公安委員会は、情状により、その質屋の許可を取り消し、又はその質屋営業の停止を命ずることができる。この場合においては、前者の所在地が当該公安委員会の管轄に属すると否とを問わない。」旨規定しているところ(平成七年改正前の「古物営業法」二四条二項にも同様の規定があった。)、風営法の場合にもこれと同様営業所ごとの許可制が採用されており、一の営業所において法二六条の許可取消しがされた場合の他の営業所の許可の是非については、質屋営業法の場合と同様に、他の営業所を管轄する公安委員会を含む公安委員会の適切な裁量による取消し(撤回)の運用による立法目的の達成が期待されているとみても不合理とはいえない。以上のとおりであるから、法八条二号の場合には必要的取消しであって、公安委員会に営業許可を取り消すべきかどうかについて裁量の余地はないとの控訴人の主張は採用できない。

二  争点二(風営法八条が公安委員会に裁量権を認めたものと解されるとした場合に、本件処分に裁量権の行使又は不行使について違法があるか否か)について

1 行政事件訴訟法三〇条は、「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」と定めている。ところで、法が行政庁の側に処分の裁量の余地を認めているのに行政庁の側が一定の要件がある場合に一定の行政行為を行うにつき裁量の余地がないものとして法を解釈し、当該処分をしたという場合においても、当該処分が客観的にみて法が予定した裁量の範囲内と認められる限り、(当該処分が不正な動機に基づいていたり、処分の性質上考慮すべき事項を考慮せず、若しくは考慮すべきでない事項を考慮して処分理由の有無が判断されるなど裁量権の濫用と目すべき事由が認められる場合は別として)当該裁量権の有無に関する法解釈自体は、直ちに処分の違法をもたらす事由とはならないというべきである。

換言すれば、行政庁が処分に当たり、裁量の余地があるのに裁量の余地がないものとして一定の処分をしたという場合においても、当該処分が行政庁の権限行使の一環として行われたことに変わりはない以上、処分の取消しを求める者は、行政庁が与えられた裁量権を行使しなかったというだけでは処分の取消し事由としては十分でなく、その不行使の結果としての当該処分が、裁量権あるものとして行われたとしても実質的に裁量の範囲を超え、又は裁量権の濫用に当たることを主張、立証しなければならないというべきである。

2 ところで、「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」(原判決書四頁四行目から八頁一〇行目まで)に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 被控訴人は、昭和四八年五月一八日に設立されたパチンコ遊戯場の経営等を業とする会社であり、訴外乙山太郎において、昭和六〇年、当時のオーナーであった丙川某から全株式を取得し、以後乙山太郎がオーナーとして静岡県富士市《番地略》において「ドリーム[1]」を、同《番地略》において「ドリーム[2]」を経営してきた。乙山太郎は、昭和六〇年一二月一八日被控訴人の代表取締役に就任し、妻の乙山花子と義弟である丁原竹夫を取締役に就任させた(なお、被控訴人の本店所在地を乙山太郎の住所である「静岡県袋井市《番地略》」に移転した。)。

(二) 乙山太郎は、昭和六二年九月覚せい剤取締法違反(所持・使用)の容疑で検挙され、同年一二月懲役一年の実刑判決を受けたが(昭和六三年七月控訴棄却)、乙山太郎は右実刑判決を受ける直前の昭和六二年一一月二一日被控訴人の代表取締役及び取締役の地位を辞任し実弟の乙山松夫が代表取締役に就任したことにより、被控訴人の経営する「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」は営業許可の取消しを受けることなく済んだ。しかし、実際には、乙山太郎は被控訴人の代表取締役及び取締役を辞任した後も被控訴人の経営の実権を掌握しており、被控訴人の社内では、乙山太郎は「社長」と乙山松夫は「専務」と呼ばれ、報酬についても代表取締役である乙山松夫が月額一二〇万円であったのに対し、乙山太郎のそれは月額一五〇万ないし二〇〇万円であった。なお、乙山太郎は、実際の経営の実務は、「ドリーム[1]」については妻の弟丁原竹夫に、「ドリーム[2]」については乙山松夫にほぼ任せ、自らは全体的な統括をしていたが、平成三年末ころから経営不振が続いていた「ドリーム[1]」の経営に自ら取り組むようになった。また、「ドリーム[2]」についても釘の調整や従業員管理など日常的な業務は乙山松夫に任せていたが、機種の決定や機械の入れ替えなど重要事項については乙山太郎と乙山松夫が協議して決定していた。

(三) 「ドリーム[1]」は「ドリーム[2]」に比べ立地条件が悪く、来客数も伸び悩んで経営不振が続いていたため、乙山太郎は、平成四年六月ころ、三〇〇万円ないし三五〇万円の費用をかけて、「ドリーム[1]」のパチンコ遊技機等二三八台のうちの四機種八四台について公安委員会の承認を受けることなく、ロムを改造して大当りとなる確率を低くするよう改造した上、「ドリーム[1]」の事務所に設置したパソコンに接続し、遠隔操作により大当りを任意に客に提供できるような仕組みとした。この改造の目的は、大当りとなる確率を下げる代わりに遠隔操作で大当りを任意に客に提供することにより、一定の遊興費で遊興できる時間を長くし、かつ客の興味をつなぐことにあった。この改造の結果、それまで「ドリーム[1]」に生じていた赤字傾向は解消した。

(四) 静岡県警察本部警ら部防犯課及び富士警察署防犯少年課は、平成五年五月一九日「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」について風営法三七条に基づいて立入調査を行い、「ドリーム[1]」に設置された右改造装置を発見した。

控訴人は、富士警察署の上申を受けて、平成五年八月二六日に聴聞期日を開いた上、同年九月三日付で、法二六条一項に基づき「ドリーム[1]」に係る営業許可を取り消す旨の処分をした。右聴聞期日には被控訴人の代表者である乙山松夫のほか補佐人として本野仁弁護士が出席し、被処分者側からは、概ね「ドリーム[1]」に係る違反行為は乙山太郎が個人でしたもので被控訴人としては知らなかったこと、ロム改造はパチンコ業界で広く行われていること、長期の営業停止となると従業員の生活などの影響が大きいので寛大な処分を求める等の陳述があり、右陳述を裏付けるものとしての静岡県遊技業共同組合理事長らが富士遊技業組合員に発出した「不正遊技機の是正措置の早期実施について」と題する書面が提出された。

(五) 次いで、控訴人は、同年九月一六日に聴聞期日を開いた上、同月一七日付で、法八条二号に基づき「ドリーム[2]」に係る営業許可を取り消す旨の処分をした。右聴聞期日には被控訴人の代表者である乙山松夫のほか補佐人として「ドリーム[2]」の従業員(元常務)の前記丁原竹夫が出席し、被処分者(被控訴人)側からは、多額の借財を抱えていることでもあり、「ドリーム[1]」に続いて「ドリーム[2]」の営業許可が取り消されることになれば、被控訴人の会社の存続並びに二二名の従業員の生活に重大な影響をもたらすことになること、今後はこのような違反行為をしないよう十分注意するので寛大な処分を求める旨の陳述があり、「ドリーム[2]」の営業許可の取消しによる被控訴人及び従業員の生活への影響の重大性に関する証拠として、嘆願書、従業員名簿、借入金及び支払手形明細書、経常経費内訳書、銀行の残高証明書(預金及び借入金残高)、社員名簿、給料明細、定款、登記簿謄本、銀行との間の金銭消費貸借契約書四通が提出された。

3 右の事実によれば、被控訴人の「ドリーム[1]」の営業許可取消しの原因となった事実は、「ドリーム[1]」設置遊技機の三五パーセントに当たる八四台のパチンコ台のロム改造及びコンピューター遠隔操作による大当り率の調整などの不正行為であるところ、その不正の規模や態様に照らし行為の悪性は極めて高く、しかもこれらの不正行為は、被控訴人の実質的経営者である乙山太郎の意思に基づくものであり(さらにそれによって得られた利益は被控訴人に帰属したもので、被控訴人の会社全体の利益を図る目的であったことは明らかである。)、これらにより示された被控訴人の人的属性からして、本件の営業許可の取消しにより被控訴人及びその従業員の受ける経営上、生活上の影響を考慮に入れても、なおかつ法八条二号に基づき被控訴人経営にかかる他店舗である「ドリーム[2]」に係るパチンコ営業の許可取消しをした本件処分は社会通念上著しく不相当であるということは到底できないというべきである。

被控訴人は、「ドリーム[1]」にかかる違反は、乙山太郎が独断で行ったもので、「ドリーム[2]」の経営に携わっていた代表取締役乙山松夫は全く与り知らなかった旨主張し、それにそう《証拠略》もあるが、仮にそのとおりであったとしても、乙山松夫は会社の代表取締役である以上会社代表者として行うべき会社全般の管理監督について責任を免れず、「ドリーム[1]」に係る違反そのものを被控訴人自身のものとして「ドリーム[2]」の許可の取消しの事由に考慮されてもやむを得ないことといわなければならない。また被控訴人は、「ドリーム[2]」の売上金や手形小切手帳、預金通帳、銀行印や会社印の管理などは乙山松夫が行い、「ドリーム[2]」の経営には乙山太郎は干渉せず、「ドリーム[2]」の経営は「ドリーム[1]」とは独立していたなどの主張をするが、仮に両店舗間で釘の調整や従業員の管理、売上金の管理などについて相互に独立的な運営が行われていたとしても、それは一の営業主体が複数の店舗を有する場合にそれぞれの店の経営状況を判断するため世上よく見られる形態であって、だからといってそれぞれの営業所ごとに経営が独立していたとはいえないことは当然であり、これら被控訴人の主張を考慮に入れても前記判断を左右するに足りない。

そして、本件処分において、控訴人が法の予定しない不正な動機を有していたり、処分の性質上考慮すべきでない事項を考慮して処分理由の有無を判断したなどの事情は、本件証拠上認められない。

また、「ドリーム[2]」にかかる本件処分の聴聞手続においては、被控訴人の「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」を通じた経営の状況、従業員や社員名簿、借入金明細などの資料も提出され、「ドリーム[2]」の経営の規模や「ドリーム[1]」に引き続いて「ドリーム[2]」の営業許可が取り消された場合の会社やその従業員、家族に対する影響なども推測し得る資料も提出されており、関係者の意見及び提出資料は処分決定の参考とする旨が陪席聴聞官から表明されているのである。したがって、法八条二号による公安委員会の営業許可の取消しについては公安委員会に裁量の余地はないとする控訴人の主張にかかわらず、本件処分の実際の過程においては、裁量判断において必要と考えられる違反行為の性質、内容、違反行為に示される被控訴人の人的属性、取消しによる経営及び従業員の生活等への影響等情状に関する事情についても十分聴聞が行われていたとみることができ、控訴人が本件処分をなすについて考慮すべき事項を考慮しなかったことにはならず、したがってこの意味においても裁量権の濫用があったということはできない。

なお、被控訴人は、控訴人が原審以来法八条二号による営業所の取消しについて公安委員会に裁量の余地がない旨を明確に主張してきたのに、当審において事実上裁量権を行使したかのように主張の修正をすることは信義則に反する旨の主張をするところ、控訴人の主張に若干の混乱はあるにせよ、もとより訴訟上許されないものではなく、被控訴人の右主張は採用できない。そして、仮に控訴人が法八条について公安委員会に裁量の余地がないとの一般的解釈論を有していたとしても、本件処分については、実質的には右のとおり裁量判断を行ったものとみることができるから、右のような法解釈を有していたこと自体は、本件処分について重大かつ明白な誤りであるということはできない。

4 そうすると、本件処分について裁量権の行使又は不行使についての違法があったということはできず、この点の被控訴人の主張を採用することはできない。

三  争点三(本件処分に聴聞手続上その他の違法事由があるか否か)について

本件当時施行されていた風営法四一条においては、法八条に基づく処分を行おうとするときは公開による聴聞をしなければならず、この場合公安委員会は、当該処分に係る者に対し、「処分をしようとする理由」等を期日の一週間前までに通知しなければならないとされているところ、右「処分をしようとする理由」とは課されようとする行政処分の原因となる事実すなわち当該行政処分の対象とされる法令又は条例違反の具体的内容及び該当する法規の条項などがこれに該当するものと解される。そして、法八条二号による営業許可取消処分の場合は、法四条第一項に掲げる者のいずれかに該当したことについての事実がこれに該当するものとなると解されるところ、《証拠略》によれば、控訴人は本件「ドリーム[2]」にかかる行政処分の前提としてなされた聴聞手続において、「ドリーム[1]にかかる営業許可が法二六条により取り消されたことにより、被控訴人が法四条一項五号に該当する者となったこと」を処分をしようとする理由として明らかにし、被控訴人がこれについて意見を述べる機会を与え、被控訴人はこれに間違いがないと述べたことが認められる。そうすると、本件においては、法により要求された聴聞手続の内容と形式を満たしているというべきであって、本件の聴聞手続に違法があったということはできない(被控訴人は、法八条二号の処分の場合の聴聞における「処分をしようとする理由」については、「風俗営業者の営業許可が法二六条により取り消されたことにより、その者が法四条一項五号に該当する者となったこと」を指すとすればあまりに形式的であり、そのようなことは聴聞などの手続を開かなくとも公安委員会に顕著な事実であるはずであると主張するが、例えば法二六条の取消しの対象となった営業所を管轄する公安委員会と法八条に基づき許可取り消しを行おうとする公安委員会が異なる場合も考えられ、法二六条による許可取消しについての被処分者の弁明を聞くというのも処分の公正さを担保するための手続として必ずしも不要、不相当なものとはいえない。)。

また、被控訴人は、本件の場合には「ドリーム[2]」に係わる個別的事情、例えば二つの店舗の経営内容、「ドリーム[1]」にかかる違反事実と被控訴人会社全体の関わりの有無、「ドリーム[2]」の経営規模、投下資本、従業員数などについて十分に告知、聴聞の機会が与えられなかったものであるから、本件聴聞手続は違法である旨の主張をするが、そのような事項は聴聞手続の中において控訴人の側から必ず明らかにされなければならないものではない上、前記のように被控訴人は、「ドリーム[1]」及び「ドリーム[2]」両営業所を含めた被控訴人の営業全体について経営内容、従業員名簿、借入金の内容などについての意見を述べ、資料も提出しており(陪席聴聞官において、右のような事柄に関する関係者の意見や提出資料は処分の参考とする旨が述べられていることは前認定のとおりである。)、そのような事柄に関しても被控訴人は意見を述べ資料提出する機会も与えられていたとみられるから、この点の違法をいう被控訴人の主張も理由がない。

第四  結論

以上から、被控訴人の本訴請求は理由がないから棄却するのが相当であり、被控訴人の請求を認容した原判決は相当でない。そこで、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年四月八日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 大島崇志 裁判官 豊田建夫)

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